劇団 群馬中芸 

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zoom RSS 田島輝男さんを偲んで

<<   作成日時 : 2015/06/05 13:58   >>

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劇団の古くからの仲間で、ともに歩んできた友人の田島輝男さんが、今年1月16日に64歳で亡くなりました。

田島さんは埼玉県で教員を勤め、自然や音楽に親しむことを教育の根幹にして、大勢の子どもたちへ親愛を注いでこられました。
のびやかな歌声で音楽リズムの歌をうたう姿を、誰もが親しんできました。

定年前に教師の職を退いたあとは、交友のある保育園の行事や‘音楽教育の会’のモンゴルへの旅行など、世界中の民族音楽や民謡、歴史や伝統文化などへの造詣の深さを生かした活動を続け、好奇心のままに暮らしておられました。
「吹き矢」という協会認定されているスポーツでは、大会参加に熱意をもって取り組み、一つの生き方にまでつながる吹き矢の神髄について、趣きのある豊かな考えを私たちにも楽しく語ってくれました。


劇団との関わりは古く、記念公演や合同企画公演の舞台には毎回出演されたり、新作劇のいくつかで音楽を作曲してくださったり、田島さんの経験と知識は劇団に欠かせないものになっていました。
「イーハトーヴォものがたりパート3 ありときのこ・注文の多い料理店」(1999年)の音楽は、あたたかみのあるオカリナの主旋律がいまも思い起こされます。

近年の群馬中芸の公演では、ロビーでのお楽しみとしてすっかり定着していた手作り遊びのコーナーを、受け持ってくれていました。
そこでは、だれでも簡単に作れる笛や音の出るおもちゃ、手遊びの紙細工など、子どもから大人まで夢中になるあそびを毎回紹介してくれました。
毎度頭をひねってアイデアを考案し、こんなものを作りましたよといいながら、手作りおもちゃの作り方を実演してくれるのを、私たちも楽しみにしていました。


一昨年頃から体調が悪化し、入退院が続く中、劇団公演に行けそうもないよと、電話口でお聞きすることが多くなり、丸山亜季さんや久保田穣さんの続けざまの訃報に追われるうちに、大柄な体型だった田島さんは内臓の機能不全によって、惜しくも逝ってしまいました。

本来ならば、もっと早くにお知らせをしなければなりませんでしたが、親交が深かった田島さんの訃報を受け止める心の余裕のようなものが作れずにいました。

今でも田島さんが、そのおおらかな声と何か面白いもの(楽器だったり、おいしい食べ物だったり)を携えて、ひょっこりスタジオに現れるような気がしています。

今年の5月公演では、ご家族のみなさんがスタジオへおいでくださいました。
また、田島さんが収集していた世界中のめずらしい楽器を、妹さんから劇団へ寄贈を受けました。
一つ一つ大事そうに扱いながら、これはね、こう弾くんだよと楽器を鳴らせてくれるご本人がいないのがなにより残念です。


モンゴルの草原の風の中におられるだろう田島輝男さん、つねに劇団とともにあり、支えてくださいました。

長い間ありがとうございました。






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                  田島さんの楽器の数々





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                  こども劇場で、こどもたちと一緒の田島さん





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                 こども劇場で男の子と





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                 モンゴルのフレッシュチーズを仕込み中の田島さん












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